日本神話における「国生み」を担った創造神であり、多くの神々を生み出した父神。
その神の名は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)。
また彼は、三貴神といわれる、
天照大神(あまてらすのおおかみ)・月読命(つきよみのみこと)・須佐之男命(すさのおのみこと)
を生み出した父神でもあります。
本記事では、名前の由来・家族構成・性格・象徴・神話の名場面まで、
伊邪那岐命の物語をわかりやすく解説します。
伊邪那岐命の基本プロフィール
名前の由来
名前の由来について、有力と思われるものを紹介します。
「伊邪那(いざな)」:誘う
「岐(ぎ)」:男
◎つまり、”誘い導く男神”という意味であるといわれています。
名前の表記・呼び名
- 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)『古事記』
- 伊弉諾神(いざなぎのかみ)『日本書紀』
家族構成
- 配偶者:伊邪那美命(いざなみのみこと)
- 子:三貴神を含む多くの神々。日本の国土
キャッチコピー
- 「日本を作った父なる神」
性格
- 責任感が強い:国生みの使命を果たすために行動
- 愛情深い:伊邪那美命を黄泉まで追う
- 決断力がある:黄泉の国からの帰還、禊による再生
- 厳格さと優しさを併せ持つ:須佐之男命を諭す場面など
象徴
- 創造:国土と神々を生む
- 浄化・祓い:禊によって新たな神々が誕生
- 再生:黄泉の国からの帰還
- 光と秩序:天照大神を生んだ父神としての象徴性
伊邪那岐命の神話エピソード
伊邪那岐命の出生『古事記』
天地開闢(てんちかいびゃく:世界の始まり)に、高天原で三柱の神が生まれました。
造化三神(ぞうかさんしん)と呼ばれています。
次に、二柱の神が生まれました。
造化三神と合わせて、この五柱は特別な神として別天津神(ことあまつかみ)
と呼ばれています。
次に七組十二柱の神々が生まれました。
総称して神世七代(かみのよななよ)と呼ばれています。
伊邪那岐命は、伊邪那美命(いざなみのみこと)とともに
神世七代の最後に生まれてきました。
いずれの神も、親はなく、自然に”成る”神(成りませる神)として
生まれてきたといわれています。
伊邪那美命との結婚と「国生み」の神話
伊邪那岐命と伊邪那美命は、高天原の神々に渾沌とした地上を整えるための
「国生み」を命じられました。
彼らは天浮橋(あまのうきはし)に立ち、与えられた天沼鉾(あめのぬぼこ)
で地上をかき混ぜてみます。
すると、鉾から滴り落ちたものが積もってできた島が、オノゴロ島。
二柱は、オノゴロ島に降りて結婚します。
そして、「国生み」を行い日本の国土を作っていきました。
しかし、最初に生まれてきたのは、骨のない子(蛭子:ひるこ)。
二柱は葦船に乗せて流してしまいます。
次に淡島(あわしま)が生まれましたが、この子も不具の子でありました。
悩んだ二柱は、別天津神のもとへ行き、なぜまともな子が生まれないのか相談します。
すると、
「結婚するとき、女性の方から誘ったのがよくなかったのじゃ」
と言われました。
二柱はオノゴロ島に戻り、結婚をやり直すことにしました。
そして今度は、男性である伊邪那岐命から誘うと、その後は立派な子(国)
が生まれたそうです。
このエピソードは、古代の日本の結婚観が見えてきますね。
神生み
「国生み」が終わった後、二柱は家宅を表す神(家宅六神)や、
石・木・海〔大綿津見神(おおわたつみのかみ)〕・水・風・山・野・火
など森羅万象の神々を「神生み」しました。
しかし伊邪那美命は、火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)
を生んだ時、やけどをしてそれが原因で亡くなってしまいます。
怒った伊邪那岐命は、火之迦具土神を十拳剣で切りつけ殺してしまいます。
この十拳剣(とつかのつるぎ)を、「天之尾羽張(あめのをはばり)」と『古事記』では伝えられていますが、『日本書紀』では特定の名前はありません。
伊邪那岐命は、伊邪那美命の死に涙を流して悲しみました。
その涙から一柱の神が生まれます。
そして、
・十拳剣の先端についていた血が岩石に落ちて三柱
・十拳剣の刀身の根元の血が岩石に落ちて、建御雷之男神(たてみかづちのをのかみ)
を含む三柱
・十拳剣の柄からの血により二柱
が生まれます。
更に、殺された火之迦具土神の身体からも、八柱が生まれます。
伊邪那美命を死に追いやってしまった罪滅ぼしだったのでしょうか。
黄泉の国への旅

伊邪那岐命は、伊邪那美命を比婆(ひば)の山[現在の島根県安来市]に葬りました。
しかし、どうしても死んでしまった妻を取り戻したい彼は、
黄泉の国へ旅立ちます。
妻に会った伊邪那岐命は、
「まだ国土は完成していません。一緒に帰りましょう」
と言うと、伊邪那美命は、
「黄泉神に相談してきます。戻ってくるまで私の姿を見ないでください」
そう言って奥に行きました。
なかなか戻ってこないので、妻との約束を破って伊邪那岐命は、
奥を覗いてみました。
そして見てしまったのです。最愛の妻の変わり果てた醜い姿を。
恐れおののいた彼は、必死の思いで逃げ出します。
そして、醜い姿を見られたことを恥じた伊邪那美命は、
予母都志許売(よもつしこめ)に、後を追わせます。
追いつかれそうになった伊邪那岐命は、予母都志許売
に向けて髪飾りを投げました。
すると、髪飾りは葡萄になり、彼女が
それを食べている間に逃げました。
しかし、まだ追ってきます。
今度は竹の櫛を投げつけると、それは筍になり、
予母都志許売が筍を食べている間に逃げました。
伊邪那美命は更に、黄泉軍にも追わせます。
伊邪那岐命は必死に逃げ、何とか黄泉の国と
地上の境である黄泉比良坂(よみひらさか)に辿り着きます。
そして、麓にあった桃の実3個を投げると、
黄泉軍は霊力によって逃げ帰っていきました。
『古事記』によると、伊邪那岐命は桃に、
「私を助けてくれたように、人々が困っているときには助けて欲しい」
と言って、意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)
の名を授けました。
現代でも、雛祭りを「桃の節句」と呼ぶように、桃には
厄災を祓う力があるを信じられています。
そして最後に、伊邪那美命が追いかけてきます。
慌てた伊邪那岐命は、彼女や他の黄泉の神々が地上に来ないように
黄泉比良坂を大岩で塞ぐことにしました。
追いかけてきた伊邪那美命が、岩の向こうから
「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」
と言うと、伊邪那岐命は、
「ならば私は産屋を建て、1日1500人の子を産ませよう」
と言い返しました。
この二柱の会話が、
人にはなぜ寿命があるのかを、物語る基になっているといわれています。
禊(みそぎ)を行う
身体についてしまった黄泉の国の穢れ(けがれ)を祓うために伊邪那岐命は、
日向の阿波岐原で川に入り禊(みそぎ)を行いました。
その際に多くの神々が生まれました。そして最後に、
・左目から天照大神(あまてらすのおおかみ)
・右目から月読命(つきよみのみこと)
・鼻から須佐之男命(すさのおのみこと)
が生まれました。
この三柱は、伊邪那岐命自身が生んだ神々の中で、
最も尊いとしたことから三貴神(さんきしん)と呼ばれています。
伊邪那岐命は、
・天照大神には「高天原」
・月読命には「夜」
・須佐之男命には「海原」
を統治することを命じました。
これは、彼が三貴神の能力を信じていたからと言えるのではないでしょうか。
その後の伊邪那岐命
海原を治めるように委任された須佐之男命でしたが、
「母親に会いたい。母親のいる根の国に行きたい」
と言って泣いてばかり。
荒ぶる神の泣きっぷりは凄まじく、大波・大風を起こし、
海原は荒れ、皆が困っていました。
それを知った伊邪那岐命は、
怒って須佐之男命を追放することに決めました。
その後『古事記』によると、淡道の多賀の幽宮に篭ったとされています。
一方『日本書紀』では、須佐之男命の追放を決めた後、
彼が根の国に行く前に高天原へ行くことを許可してから、
淡路の「幽宮(かくれみや)」に静かに隠れたとされています。
まとめ
最後までお読みいただきありがとうございました。
神話は、私たちの心に静かに寄り添う“生きた物語”です。
伊邪那岐命が国を生み、黄泉の国を巡り、禊によって再び歩き出したように、
彼の物語は「再生」や「希望」を語りかけています。
古代の人々が感じた自然への畏敬、命のつながり、祓いの力。
それらは現代を生きる私たちにも深く響きます。
迷った時、立ち止まりたい時、心を整えたい時。
彼の物語に触れることが、自分自身の物語をもう一度見つめ直す
きっかけになってくれたらうれしいです。
またお会いしましょう。
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