猿田彦命(さるたひこのみこと)は、日本神話の中でも特に存在感の強い“道案内の神”。
天孫降臨の際、天と地の境に立ちはだかり、邇邇芸命(ににぎのみこと)を
高千穂へ導いたことで知られます。
その姿は鼻が高く、背が高く、光り輝く異形の神として描かれ、古代の人々にとって
“境界を守る存在”でした。
本記事では、猿田彦命の性格・象徴・神話エピソード・系譜まで、
彼の物語をわかりやすく解説していきます。
猿田彦命の基本プロフィール
名前
- 猿田彦命(さるたひこのみこと):「日本書紀」
- 猿田毘古神(さるたひこのかみ):「古事記」
- 猿田毘古大神(さるたひこのおおかみ):「古事記」
- 猿田毘古之男神(さるたひこのおかみ):「古事記」
名前の由来
「猿田(さるた)」という語の意味に複数の説があり、確定した説はありませんが、3つの有力な説があります。
1.「更田(さらた):新しく開かれた田」説
★「猿田(さるた)」は「更田(さらた)」を意味し、”新しい道を開く神”という意味
★地名由来の神名はよく見られるため、民俗学的に有力を考えられている
2.「道を去る(さる)」:道を開く説
★「さる」は古語で「去る:進む・道を開く」に通じるとする説
★天孫降臨で邇邇芸命を先導した「道開きの神」という役割からの名と解釈される
3.「申(さる=猿)」に由来する説
★「猿田」は「去る(申)」と音が同じであるため、猿を神使いとする民間信仰(庚申信仰)と結びついたとする解釈
★ただし、これは後世の当て字的解釈で、古事記の由来とは言えない
※学術的には、名前全体の意味として、
“新しい道を切り開き、先導する偉大な男神” という猿田彦命の神格を象徴するものと解釈されています。
家族構成
- 妻:天宇受売命(あめのうずめのみこと)ー芸能の祖・天岩戸神話の踊り手
- 子:猿田彦が海でおぼれた際に泡から生まれました
★底度久御魂(そこどくみたま):猿田彦命が海底に沈んだ「その瞬間」に生まれた
★都夫多都御魂(つぶたつみたま):猿田彦命が吐いた息の泡が「立ち上るとき」に生まれた
★阿和佐久御魂(あわさくみたま):泡が水面で「弾けたとき」 に生まれた
キャッチコピー
- 「道をひらき、人を導く“日本最古のナビゲーター”」
性格
- 誠実で義理堅い :邇邇芸命の道案内と最後まで務める
- 境界を守る責任感の強さ :天と地の境に立ち、外敵を防ぐ役割を全うする
- 人を導く包容力 :迷うものを正しい道へ導く”道開き”の神
象徴
- 光り輝く姿 :天孫降臨の際、遠くからでも光で分かったとされる
- 境界(さかい) :天と地・村と外界の境を守る
- 道開き :旅・仕事・人生の”新しい道”を切り開く神
💡天孫降臨や道開きで知られる猿田彦命を祀る神社については、猿田彦命を祀る神社7選記事で詳しく解説しています。
神話での主なエピソード

天孫降臨を導いた巨神
邇邇芸命(ニニギ)が天孫降臨のために地上へ降りる際、
道案内のために現れたのが、猿田彦命。
彼がいなければ、天孫降臨はうまく進まなかったかもしれません。
これから詳しく説明していきます。
天と地の境に立つ巨人
邇邇芸命が天から降りようとした際、天の八衢(やちまた:道がいくつもに分かれていることろ)
に立って高天原から葦原中国までを照らしている異様な姿の神がいました。
その姿は、『日本書紀』によると、
- 鼻の長さ:七咫(ななあた:約120〜140cm)
- 背丈:七尺(しちしゃく:約210cm以上)
- 目の輝き:八咫鏡(やたのかがみ)のように輝き、ほうずきのように赤く光る
- 口・尻:口の端が光り、お尻のあたりも赤く光っていた
とされていて、見るからに恐ろしい姿です。
沈黙のまま立つこの神は、敵なのか味方なのか。
天津神たちは正体がわからず動揺を隠すことができません。
天宇受売命(あめのうずめのみこと)との掛け合い
正体を確かめるため、天照大神(あまてらす)と高木神(たかぎしん)は
天宇受売命(あめのうずめのみこと)を使者として派遣します。
彼女は、敵対する神に物怖じしない面構えをしている神。交渉役には最適です。
彼女は立ちふさがっている巨神に、乳房を露わにした姿で毅然と、
「おまえは何者か」と尋ねました。
その堂々とした態度に、沈黙していた猿田彦命はついにこう告げます。
「私は、国津神の猿田彦命です。天孫が降臨されると聞き、
道案内をするためにここでお待ちしておりました」
敵ではないと知り安心した邇邇芸命一行は、彼の導きにより
日向の高千穂に無事到着することができました。
故郷への帰還と最後
猿田彦命故郷へ帰る
邇邇芸命たちを高千穂に導いた後、猿田彦命は故郷である、
伊勢国の五十鈴川の川上へ帰ります。
その際に邇邇芸命は、天宇受売命にその名を明らかにしたのだから、
猿田彦命の名前を付けて仕えるように言いました。
そうして天宇受売命は猿田彦命と夫婦になり、のちに「猿女君(さるめのきみ)」と呼ばれるようになったそうです。
猿田彦命の最後
猿田彦命の最後はこのように記されています。
猿田彦命は、伊勢の阿邪訶(あざか。今の松阪市)の海で漁をしていた時、
比良夫貝(ひらふがい)に手を挟まれ、
海の中に引き込まれ溺れて亡くなってしまったそうです。
比良夫貝とはどんな貝なのかは明らかにされていませんが、大男の猿田彦命を
挟み溺れさせたのですから、相当大きな貝だったのではないかと思われます。
民間信仰と猿田彦命の関係
猿田彦命は、古代神話から民間信仰へと庶民の生活に溶け込んだ神の一柱といえる存在です。
どのように繋がっていったのか、解説していきます。
猿田彦命と道祖神(どうそじん)
道祖神は、村の入口・峠・分岐点などに祀られる境界(サカイ)を守る神です。
これはまさに猿田彦命の神格そのもの。
外敵・災厄を防ぐ、道を守り、旅人を導くなどの性質が、古代から民間信仰へ
受け継がれ、「道祖神=猿田彦命」と考えられるようになりました。
中世以降、村の入り口に石像(男女神像・双体道祖神)が置かれるようになりますが、
その多くは猿田彦命の神格を受け継いだ”道の守護神”として祀られたそうです。
猿田彦命と庚申信仰(こうしんしんこう)
庚申信仰とは、「庚申(かのえさる)の日に眠ると、体内の虫が天帝に悪事を告げる」
という中国道教の思想が日本化したもの。
この「申(さる)」と、猿田彦命の「猿(さる)」で結びつきができたといわれています。
江戸時代の庚申塔には、青面金剛(しょうめんこんごう)・三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)
と並んで、猿田彦命大神の名が刻まれるものが多くみられます。
これは、庚申の夜を守る神=猿田彦命 という信仰が広まった証といえるでしょう。
おわりに
最後までお読みいただきありがとうございました。
猿田彦命の物語をたどると、私たちの人生にも通じる“道をひらく力”が浮かび上がります。
猿田彦命は、天孫降臨で邇邇芸命を導いたように、迷いの中にある者へ光を示し、
正しい方向へと導いてくれる存在です。
境界を守り、災厄を祓い、新たな一歩を支える。その神格は今も変わらず
私たちの暮らしに息づいています。
またお会いしましょう。
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